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東京高等裁判所 昭和57年(ネ)1601号 判決 1983年5月31日

控訴人

林大助

控訴人

林白合子

右両名訴訟代理人

清水徹

小谷恒雄

被控訴人

三興平板印刷株式会社

代表者

石川春治

被控訴人

石川春治

右両名訴訟代理人

島岡明

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人らは各自控訴人林大助に対し、金二五四万八〇〇〇円、控訴人林百合子に対し、金四三四万円及びいずれも右各金員に対する昭和五〇年三月三一日から支払済に至るまで各年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は、主文第一項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次に訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決九枚目裏五行目「右瑕疵により発生した本件火災の結果」を「被控訴人らの所有ないし占有する本件建物内部から原因不明の本件火災が発生し、これが本件建物に存する右瑕疵に因つて控訴人らの居住建物に延焼し、これを焼毀したものであるから、」と訂正する。

2  原判決五枚目表一行の「(二)の(4)」を「(二)の(チ)」と訂正する。

理由

一請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

二1  昭和五〇年三月三〇日午前四時一八分頃本件建物内から出火し、本件建物が焼毀し、控訴人ら居住の建物にも延焼し(一部)、控訴人らが物件焼損の被害を受けたことは、当事者間に争いがない。

2  <証拠>によると、本件火災の出火場所は、本件建物一階の南西部原判決別紙図面(二)の(B)作業場オフセット印刷機五号のある附近であると認められ、右認定に反する証拠はない。

3  しかしながら、出火原因については、発火源、経過、着火物いずれも不明であることは、当事者間に争いがなく、<証拠>によると、所轄消防署において、本件火災につき、タバコ、マッチ、電機関係、自然発火、外部の者による放火、被控訴人らの内部の者による放火等可能な発生原因を鋭意探究したが、これを明らかにすることは出来なかつたことが認められる。

4  控訴人らは、被控訴会社及び被控訴人石川の不法行為又は商法第二六六条の三の責任をいうが、本件火災の原因が不明であることは右のとおりであるから、出火という点については(後述の延焼を別として)、同人らの故意、過失を問う余地はないものというほかない。

5  また、控訴人らは本件建物の設置、保存の瑕疵を主張し、被控訴人らの責任をいうが、前述のとおり、出火原因は不明であるので、仮に右のような瑕疵があるとしても、右瑕疵が出火原因とはいえないので、出火に関して、被控訴人らの責任を問うことは出来ないといわざるを得ず、右主張は失当である。

三控訴人らは、本件建物内から本件火災が発生しているのであり、本件建物は市街地の人家が密集する地域にあり、被控訴人らは延焼を防止すべき注意義務があるところ、本件建物は印刷工場兼住居であり、油類、紙類等火災上危険な物が多く置かれており、一旦出火した際には延焼が容易に予見出来るのに、被控訴人らはこれを予防するための物的設備を怠り、また、従業員の火災予防教育、戸締り、見廻りの励行等人的対策を尽くさなかつたため、控訴人居住建物を延焼させたものであるから、民法第七〇九条又は第七一七条により被控訴人らは責任を負うべきものである旨主張するので検討する。

1  <証拠>によると、本件建物は人家の蝟集する市街地にあり、右建物の近隣には控訴人らの居住していた建物を含めて七軒の防火ないし耐火木造建物があつたこと、本件建物は全焼し、近隣の建物中一軒が全焼、一軒が部分焼、その他五軒がぼやであつたこと、控訴人ら居住建物は部分焼であつたことが認められる。

2  延焼状況は、<証拠>によると、本件建物一階作業場南西部にある印刷機附近から出火した火が、内壁ベニヤ板を燃え上がつて天井ベニヤ板に達し、一階天井を燃え拡がり、階段を燃え登り、一、二、三階の窓から吹き出した火災、放射熱により本件建物の西南に隣接する木内方に延焼し、逐次他へも延焼したことが認められる。

3  延焼拡大の原因は、<証拠>によると、出火時刻が明け方で初期発見が出来なかつたこと、火元である本件建物が古い木造建築物で、印刷工場であつたため間仕切りが少なく、しかも油脂、紙類が多かつたこと、また木内方との間の下屋の屋根が塩化ビニール板であつたこと等によることが認められる。

4  <証拠>によると、本件建物は木造防火造三階建工場兼居宅であり、建築面積295.35平方メートル、延面積617.76平方メートルであるところ、一階は主として印刷工場に、二階は作業場兼居宅用に、三階は物置として各使用されていたこと、一階の工場には印刷機六台が置かれ、印刷のための紙類、屑紙等が多くあつたこと、本件火災の頃、印刷工場内には危険物であるダイクリーン一五三リットル(一八リットル入り、8.5かん)、灯油五〇リットル(二〇リットル入り、2.5かん)、潤滑油三八八リットル(一八リットル入り一一かん、二〇リットル入り9.5かん)が貯蔵され、屋外にダイクリーン二〇〇リットル、オイル廃油一〇〇リットルが置かれていたことその配置状況は甲第二号証の九のようであつたこと等が認められる。、

5  上述のところによると、本件火災の出火原因は不明であるが、本件建物が印刷工場として前述のような状況にあつたことが、延焼拡大の一つの原因となつていることは否定出来ないのであるから、その関係において、先ず被控訴人らの民法第七〇九条の責任を考える。

(一)  被控訴人らに火災を予防すべき注意義務のあることはいうまでもなく、火災を予防する義務には、火災を発生しないようにする義務のほか火災を拡大させない義務も含まれるから、被控訴人らに控訴人らのいう延焼防止義務もあるといわなければならない。しかし、失火ノ責任ニ関スル法律の立法趣旨に鑑みると、右延焼の責任を問う場合においても右法律が適用されることは明らかである。したがつて、被控訴人らに故意又は重過失があるときにのみ同人らの責任は生ずるというべきである。

(二)  本件建物の一階印刷工場には紙類が多かつたほか、前述のように危険物である油類が貯蔵されていた。東京都火災予防条例(昭和三七年三月三一日、第六五号)第三一条には、指定数量未満の危険物のうち指定数量の五分の一以上の量を貯蔵する場合について貯蔵者に数多くの遵守事項が定められている。そして、前掲甲第二号証の九によると、本件建物における貯蔵量はダイクリーン、灯油を合わせると指定数量の約半分、したがつて右三一条の適用を受ける場合であるところ、右数多くの遵守事項の全てについて被控訴人らがこれを厳守していたとの証拠はなく、その限りにおいて被控訴人らの油の貯蔵が完全であつたとはいえないと推認される。しかし、原審における被控訴人石川本人の供述及び弁論の全趣旨によると、本件建物の存在する地域においては消防署は半年に一度位火災予防のための点検、指導をしていたところ、被控訴人らの油の貯蔵その他工場の状況に関し不適切な点があるとして指摘、注意を受けた形跡はない。

<証拠>によると、本件建物においてはかつて昭和二七年頃に火災があつたので、被控訴人らは平素火災予防に留意し、従業員らの火気取扱にやかましく注意し、戸締り、見廻りもし、火災報知機、消火器等も備えていたこと、本件火災は早朝四時頃の出火であるが、同朝一時半頃まで被控訴人石川は娘夫婦とマージャンをし、同時刻頃娘夫婦が辞去したこと、本件建物は古いが防火造りとなつていること等が認められる。

(三)  右(二)の事実によると、被控訴人らの油類の貯蔵につき十全でなかつた点があるかもしれないとはいえるが、同人らに延焼防止注意義務の履行について故意又は重大な過失があつたとは到底認められない。

6  次に控訴人らは右延焼について民法第七一七条に基づき被控訴人らの責任をいう。

思うに、工作物の設置、保存の瑕疵によつて火災が発生、拡大した場合においても、工作物がそれ自体火気を発生する等火災予防上特に著しい危険性をもつときを除いて失火ノ責任ニ関スル法律の適用はあると解すべきところ、既述のような本件建物内の印刷工場の状況に照らすと、これを特に著しい危険性をもつ工作物とまではいえないから、本件延焼についても同法の適用はあるというべきである。そして、前記5、(二)の事実によると、被控訴人らに重過失があつたとは認められないから、控訴人らの右主張は失当である。

仮に、工作物の設置、保存の瑕疵による火災については、失火ノ責任ニ関スル法律の適用は一切ないとしても、前記5、(二)の事実によると、右印刷工場の設置、保存に瑕疵があつたと認めることは出来ないから、やはり控訴人らの右主張は採用するを得ない。

三以上のとおりであり、控訴人らの請求は棄却すべきであり、同旨の原判決は結局正当であつて本件各控訴はいずれも理由がないから、棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法第九五条、第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(田尾桃二 内田恒久 藤浦照生)

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